先週に比べると彼といれる時間が少なかったように思う。
そうすると心が離れるわけでもないのに何となく不安な気持ちが積もっていくような気がする。彼と触れ合う時間が少ないとき、またしても言い知れぬ心のざらつきが発生する。靴の中に小石が入ってるような気持ち悪さだ。
少ない時間でも確保できる唯一のコミュニケーションは”朝のルーティン”と”メッセージ”がメインになる。ざらついた心はこの短い時間ではもちろん解消されないし、彼も私も何となく距離が生まれる。正確にいうと、彼が置きに来てるという感覚はあるので、私も深入りしないようにしてしまう。
恐らくこのざらついた気持ちは、師走ですれ違う間は続いてしまいそうだ。それでも”短くても会う”という選択をし続けることはすごく大切なことだと私たちはもう知っている。時間は有限であり、その限られた時間の中で何を選らぶかということが重要なのだと思っている。いつでも彼を選びたいし、いつも彼を選ぶというスタンスでいることには意味があると思う。
一方で、旦那のことが気にならないと言えば嘘になる。私は十分卑劣なことをしてると思うが、それでも人の心は多少あるようで彼の屈託のない優しさを感じるとどうしようもなく申し訳なくなるのだ。もっと素敵な人を見つけてくれたらいいのにと思わず願ってしまう。旦那が悪いわけではなく、ただ純粋に私とは違うというだけ。最初はよく似てると思って旦那選んだことは間違いない。ただ同じ海のパズルのピースだと思っていたけど、彼は沖縄の海で私はグレートバリアリーフだったというだけだと思っている。(おそらく旦那はこれでは納得しない。)
時間が進む中で、彼といる未来を心に誓うということは今の誰かの幸せを壊すということなのだ。
その上でしか成り立たない未来であることを毎日実感する瞬間はあるし、覚悟を決めないといけないとひしひし感じる。背中がじりじりと焼けるような恐怖にも似た気持ちを感じることが増えた気がする。
未来を見通すことで覚悟を固めていくことは大切だと思っている自分と、それでも今日会えることを純粋に楽しみたい自分がいつも共存している感じだ。
バランスはいつも安易な後者に傾いている。
▼ この日の “もうひとつの視点”
2025年12月12日(金) 晴れ -リピート-

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