眠い目をこすりながら、ベッドから抜けだし、顔を洗う。メイクをしてたら、なんだか前髪が気に入らない。ハサミを取って、ごみ箱を洗面台にセットし前髪を整える。
そしたらなんだか眉毛も気になって、切ってみたけどここはタイムアウトで諦めた。靴を履いて、外に出ると、冬の乾燥した空気が肺を満たし、心なしかのどが渇いたような気がした。
朝駅のホームで旦那と別れた後、私は決まって先に彼にメッセージを送る。いつも通り彼から昨夜のメッセージと朝の挨拶の文字を見て変わらない朝に安堵を覚える。
ここ最近の彼を考えると感情の波が大きいように思う。それは気持ちの変化の方ではなく、おそらく大きな感情が渦巻いていて、やり場のない気持ちや行く宛ての無い思いを発散させることが難しいからだと思う。
私は私で、旦那とのやり取りの微妙のずれや認識の相違そういったものが彼となら起きないことだと思ってしまって余計にいら立つのだ。
彼といることが人生においてのベストな選択だと思っているのに、なぜそれを選べないのか。これは彼からはもずっと問われていることの一つだ。
彼が優れているとか、旦那の方が優しいとかそんな単純な言葉では説明できないいくつかの感情とタイミングがここには絡まっているのだと思う。(これはいつしか回想で描くことにしようと思う。)
そんな中で私が一つ思うことは、
「いつ何時も人の気持ちは動かせない」
ということなんだと思う。私は他人から嬉しい気持ちも悲しい気持ちも受け取ることはできると思うけど、私の気持ちは私のもので誰のものではない。そこに1滴や2滴エッセンスが入ることはあるけれど、動くことはないのだ。
彼はそれをよくわかっている。だからこそ私たちは今日もこのバランスで生きていく。
ぼんやりと電車に揺られながら、朝の街を歩いていく。いつもの場所に、いつもの彼。
私にとっての”今日”はルーティンを過ごし彼を愛するところからしか始まらない。

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