彼から言わせると私は”素直”ではないらしい。
感情表現は豊かな方だし、すぐに顔にも出るタイプで嬉しくても悲しくても分かりやすいと思っている。でも私は誰にも素顔を見せていないだけで素直な方だと思う。
気持ちを言葉にすることも好きで彼へもきちんと愛情表現をする方だ。だけど、相手を思って口にしないことも多いというだけ。
そんな私が時々彼の前だと止められなくなってしまうことがある。
色んな感情をぐちゃぐちゃにして鍋で煮込み、とてもじゃないけど食べれないと感じて、さらに2~3日煮詰めた先にいつも残る気持ちは”彼が愛しい”という感情だけになる。
そうするとようやく私は彼の前で生まれたての子供のように泣きながら愛しいと叫べるのだ。
さて、前日にそんなことがあった次の日の貴重な時間はいつにもまして、私を幸せな気持ちにさせたし、足元もなんだかふわふわしていた。
彼が隣にいて、今夜何を作ろうか、ビーフシチューとハヤシライスの違いは?こんな会話をしているすべての事柄がうれしくて、私の心は温かなお風呂に入るかのように満たされていくのを感じた。
彼の存在を確かめる度に、彼と生きていくことをそっと心に誓うんだ。それは揺らぐから誓う言葉ではなく、そこへたどり着くまでの自分の活力であり、源なのだ。
帰り道に彼が送るために走り出す車の中は、今夜はさみしさよりも幸福感が数ミリだけ濃厚な気がした。
▼ この日の “もうひとつの視点”
2025年11月26日(水) 晴れ -日常の中に潜む気持ち-

コメント